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不謹慎上等、原発事故直後に発表され大議論を巻き起こした問題作。『恋する原発』
恋する原発(高橋源一郎)の作品情報
- タイトル
- 恋する原発
- 著者
- 高橋源一郎
- 形式
- 小説
- ジャンル
- 純文学
- 執筆国
- 日本
- 版元
- 講談社
- 初出
- 群像、2011年11月号
- 刊行情報
- 講談社、2011年
恋する原発(高橋源一郎)のあらすじ(ネタバレなし)
大震災チャリティーAVを作ろうと奮闘する男たちの愛と冒険と魂の物語。
作者
高橋 源一郎 たかはし・げんいちろう(1951年1月1日 – )
作家。明治学院大学教授。1951年、広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で谷崎潤一郎賞受賞。著書に『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』(集英社新書)、『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)、編書に『読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ』(岩波新書)など。
恋する原発(高橋源一郎)の刊行情報
恋する原発(高橋源一郎)の登場人物
「おれ」
AV監督。チャリティーAVの製作に奔走する。
ジョージ
宇宙人。AD。超能力を持っている。
恋する原発(高橋源一郎)の感想・評価
#高橋源一郎「#恋する原発」#読了
— 右手@読む本辞典 (@migite1924) 2019年8月23日
最初は下品な言葉と”不謹慎”な表現の連発に戸惑ったけど、それを過ぎるとだんだん真面目な顔が見えてきたような気がした。震災のチャリティーAVを作るという内容にとにかく不謹慎について考えた気がする。Twitterは不謹慎がはびこる場だしねhttps://t.co/HFNZvWLHa8 pic.twitter.com/rf7Y6clbL2
不謹慎文学
不謹慎すぎます。関係者の処罰を望みます。 ―投書
恋する原発より
2011年3月に発生した東日本大震災とそれに付随する津波と原発事故がもたらした影響は甚大なものだった。その影響の大きさは単に日本社会や日常生活にとどまらず、文学・小説の世界にも怒涛の如く進出している。本作『恋する原発』も震災の影響を大きく受けて、あるいは震災の発生によって提出された一篇と言って差し支えないだろう。
しかし、本作の提出後すぐに一部の読者からは「不謹慎だ」という声が挙がることになった。舞台が小さなAV制作会社で、その内容がチャリティーAVをつくるというもの、とりわけ本文中には下品な言葉が連発するとなれば、その指摘も当然のことのように思える。だが、本文中にたびたび顔を見せる”真面目な”高橋源一郎の筆は、著者はその批判からは遠いところにいるのかもしれないと思わせるものがある。
雨が降っていた。もしかしたら、この雨にも、放射能が含まれているのだろうか。待てよ、放射能じゃなくて、放射性物質っていうのか?……なんで、そんなことを心配しなきゃならんのだろう。間違ったことをいったらいけないって?なんで?ぜんぜんわからない。
恋する原発より
原発事故の発生後ネット上では「放射能」と「放射性物質」の混同はたびたび見られる。専門家でもない一般人がその区別を求められることは酷だが、もしTwitterなどで間違ったことをつぶやけばたちまち訂正・批判のリプライが飛んでくることだろう。
甚大な被害に対するやりきれない思いはあるいはそんな形で表出していたのかもしれない。原発事故に関して言えば政府の対応策や善後策に矛先を向けることもできただろうが、揺れと津波はどうしようもない一面を持っていた。
「ずっと揺れてたんだよ」会長はいった。「何十年もな」
恋する原発より
本作でAV制作事務所が「ゆれた」とき、戦後史を体験してきた老齢の会長は「ずっと揺れてたんだよ」と語る。東日本大震災にかぎらず、戦艦大和の沈没、学生運動、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件によって日本列島は「何十年も揺れ続けていた」という。
そんな揺れ続けていた日本列島では「不謹慎でないこと」が要請され続けていたともいえる。不確かな情報発信の危険性を認識していても、一素人のつぶやきに間違いを指摘するリプライが届く、ときには殺到する状況は異常である。”不謹慎”がちりばめられた本書はそのことを逆説的に語っているように思える。
普遍性を持っているのか
文庫版解説を担当した川上弘美は本書の普遍性について以下のように記している。
震災を受けて書かれた小説だと思っていた『恋する原発』が、もっと広い普遍性をもっているのは、当然のことだったのです。なぜなら、震災という出来事が、高橋さんの身体を通過し、その結果が長篇小説となってあらわれた時、そこには、高橋さんの中にある、すべてのことがあらわれていたからです。
恋する原発 文庫版より
先ほど僕は「本作『恋する原発』も震災の影響を大きく受けて、あるいは震災の発生によって提出された一篇と言って差し支えないだろう。」と書いたが、川上によればそれは完全に正しいものではないという。
だが、日本において「不謹慎でないこと」が要請され続けていたというのは「もっと広い普遍性」とも言えるかもしれない。そう思った。
初めて読んだとき、下品な言葉のオンパレードに面食らったが、(そのためネタバレを含むあらすじを書くことができなかった。そんな言葉を並べればGoogleに広告を止められる危険性があるからだ)ファーストインパクトさえやり過ごせば、行間に”真面目な”高橋源一郎が潜んでいるような気がしてくるから不思議だ。そんなものはないかもしれないのに。
合わせて読みたい本
影裏
第157回芥川賞受賞作。
岩手に移り住んだ主人公が同僚の日浅と心を通わせるが、ある出来事をきっかけに疎遠になり、崩壊の予兆と思いを描いた作品。自然の美しさと人間の心の寂しさが繊細に描かれている。
恋する原発(高橋源一郎)の評判・口コミ・レビュー
昨夜、群像一挙掲載の高橋源一郎『恋する原発』読了。読み始めから予感はあったのだが、これは傑作だ。
— 佐々木敦 (@sasakiatsushi) 2011年10月10日
高橋源一郎さんの超駄作「恋する原発」読了。難しいこと、込み入ったことをわかりやすく語ることにかけては、源一郎さんの右に出る者はないと思っているが、この作品も3.11を復習するには格好のテキスト。カン・ナオトやらカンパニーマツオやらヒラノカツユキやら…謎の人物が多数登場するのはご愛嬌… pic.twitter.com/skDdFTmIpo
— 龍胆寺れん (@takoyamatakota) 2018年1月9日
群像11月号、高橋源一郎、「恋する原発」読了。そうだよねー、文学って不謹慎でもいいよねー、と思い出させてくれる一本。でもね、不謹慎が説得力を持つには裏付けが必要。今作はそれに成功してる。にしても、100年後の読者は今作にどんな感想を持つだろう。100年後に人類がいるか知らんけど。
— 樋口芽ぐむ (@samekichi1971) 2011年10月21日
恋する原発読了。震災後の日本にだけでなく文学に対して警鐘をうるさいぐらいに鳴らしていた。パンクだった。不謹慎だった。大爆笑した。読むべき。
— や (@mame_no_suke05) 2012年4月28日